目次: C言語とlibc
誰得かわかりませんが、musl libc 1.2.4のpthread_barrier_wait()の実装と動作の概要です。このAPIはバリア同期を実現するためのAPIで、POSIXという規格の一部です。バリア同期はある地点に指定した数のスレッドが全員到達するまで、全スレッドを待機させる同期機構です。
バリアに到達したスレッドがNスレッド(N >= 2)あるとすると、大きく分けて3つの役割に分かれます。役割名は私が適当に付けました。正式な名前はあるのかな?
いっぺんに説明すると意味不明なので、順番に説明します。最初はOwnerからです。
自分がOwnerかどうか判定する条件はバリア変数の_b_instがNULLであることです。Ownerのやることはインスタンスを作成しバリア変数(pthread_barrier_t)に設定することと、バリアから一番「最後」に脱出してインスタンスを破棄することです。インスタンスはmuslの用語ですかね?それはさておいてインスタンスは1回のバリア同期に必要なパラメータがおかれた場所です。
インスタンスの必要性を簡易に説明するのは難しいですね……バリア変数は使いまわされるからです。具体例で言うと、1回目のバリアからスレッドが脱出している途中で、先に脱出した他のスレッドが2回目のバリアに到達する、というケースが発生します。もしバリアのカウンタ値などをバリア変数に置いてしまうと、1回目のバリアの処理と2回目のバリアの処理が混ざって正常に処理できなくなります。
Ownerに関連するコードは下記のとおりです。
// musl/src/thread/pthread_barrier_wait.c
int pthread_barrier_wait(pthread_barrier_t *b)
{
int limit = b->_b_limit;
struct instance *inst;
/* Trivial case: count was set at 1 */
if (!limit) return PTHREAD_BARRIER_SERIAL_THREAD;
/* Process-shared barriers require a separate, inefficient wait */
if (limit < 0) return pshared_barrier_wait(b);
/* Otherwise we need a lock on the barrier object */
while (a_swap(&b->_b_lock, 1))
__wait(&b->_b_lock, &b->_b_waiters, 1, 1);
inst = b->_b_inst;
/* First thread to enter the barrier becomes the "instance owner" */
if (!inst) {
struct instance new_inst = { 0 };
int spins = 200;
b->_b_inst = inst = &new_inst;
a_store(&b->_b_lock, 0);
if (b->_b_waiters) __wake(&b->_b_lock, 1, 1);
while (spins-- && !inst->finished)
a_spin();
a_inc(&inst->finished);
while (inst->finished == 1)
__syscall(SYS_futex,&inst->finished,FUTEX_WAIT|FUTEX_PRIVATE,1,0) != -ENOSYS
|| __syscall(SYS_futex,&inst->finished,FUTEX_WAIT,1,0);
return PTHREAD_BARRIER_SERIAL_THREAD;
}
//...
各所に工夫が散りばめられていて全部説明すると30分くらい説明が必要な気がしますが、細かい部分は省いてシーケンスの例を1つだけ示せば下記のようになります。
pthread_barrier_wait()のOwnerシーケンスの一例
特徴的というか個人的に感心した点は、インスタンスをローカル変数で確保していることです。変数のアドレスは一般的にはスレッドのスタック領域の一部になることが多いでしょう。ローカル変数の特徴として、
1つ目の特徴はmusl libcのバリア実装に限って言えば問題ありません。Ownerが必ず最後にバリア同期APIを脱出するように実装が工夫されていて、壊れたローカル変数に他のスレッドがアクセスする状況が発生しないからです。
2つ目の特徴はうまく活かしています。ローカル変数はバリアに一番最初にたどり着いたスレッド(= Owner)が、他スレッドと干渉せずインスタンスを確保できる簡単かつ高速な方法です。mallocのようなヒープでも目的は達成できますが、速度的に不利でしょう。面白い実装ですね。
続きはまた今度。
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