目次: ベンチマーク
FizzBuzzの実装は簡単ですが、可能な限り高速に出力しようとするとなかなか面白い遊びになります。今回はあるCPUでうまくいっても、他のCPUでは効果がないケースをご紹介します。
実験用に4つのコードを用意しました。出力がボトルネックになって測定結果が不必要に遅く見えないよう、vmspliceとバッファリングは最初から実装します。
30個まとめて処理する最適化で速くなるのはほぼ確実でしょう。3つ目は、前回(2023年9月23日の日記参照)紹介したオフセット0xf6アルゴリズムです。これも速くなるのはほぼ確実でしょう。
4つ目は、前々回(2023年9月21日の日記参照)紹介した9桁と10桁を狙い撃ちで最適化する方法です。自前のitoa()には効果抜群でしたので、オフセット0xf6アルゴリズムとの相乗効果にも期待したいところです。
まずは省電力PC(CPU: Pentium J4205)で測定します。
# 20231001_fizzbuzz_base.c 33.3GiB 0:01:06 [ 512MiB/s] [ <=> ] real 1m6.621s user 1m4.461s sys 0m5.356s # 20231001_fizzbuzz_30.c 33.3GiB 0:00:38 [ 877MiB/s] [ <=> ] real 0m38.860s user 0m37.459s sys 0m4.377s # 20231001_fizzbuzz_offset.c 33.3GiB 0:00:09 [3.45GiB/s] [ <=> ] real 0m9.671s user 0m8.047s sys 0m3.726s # 20231001_fizzbuzz_fixed.c 33.3GiB 0:00:08 [3.74GiB/s] [ <=> ] real 0m8.906s user 0m6.955s sys 0m4.216s
いずれの最適化も効いていて、4つ目が最速です。良いですね。
次はデスクトップPC(CPU: Ryzen 7 5700X)で測定します。
# 20231001_fizzbuzz_base.c 33.3GiB 0:00:15 [2.11GiB/s] [ <=> ] real 0m15.759s user 0m15.425s sys 0m1.345s # 20231001_fizzbuzz_30.c 33.3GiB 0:00:09 [3.64GiB/s] [ <=> ] real 0m9.152s user 0m8.886s sys 0m1.176s # 20231001_fizzbuzz_offset.c 33.3GiB 0:00:02 [16.2GiB/s] [ <=> ] real 0m2.063s user 0m1.762s sys 0m1.070s # 20231001_fizzbuzz_fixed.c 33.3GiB 0:00:02 [15.8GiB/s] [ <=> ] real 0m2.112s user 0m1.802s sys 0m1.080s
なんと9桁と10桁狙い撃ちで最適化すると逆に遅くなりました。時間と高速化の度合いをまとめると、
FizzBuzzの種類 | Pentium J4205の実行時間 | 倍率 | Ryzen 7の実行時間 | 倍率 |
---|---|---|---|---|
自前itoa | 1m6.621s | - | 15.759s | - |
30個まとめる | 38.860s | x1.7 | 9.152s | x1.7 |
オフセット0xf6 | 9.671s | x6.8 | 2.063s | x7.6 |
9桁10桁狙い撃ち | 8.906s | x7.4 | 2.112s | x7.4 |
Ryzen 7 5700Xでなぜ遅くなるのか?は内部構造を知らないので何とも言えませんが、あるCPUに効く最適化が他のCPUだと効果がなかったり逆効果になったりすることは良くあります。
ソースコードはこちらからどうぞ。
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FizzBuzzの実装は簡単ですが、可能な限り高速に出力しようとするとなかなか面白い遊びになります。前回は高速なアルゴリズムを紹介しましたが、CPUを変えたら傾向がどうなるかも見ておきます。
測定環境は、
では順に測定しましょう。
# fizzbuzz_simple.c 33.3GiB 0:01:41 [ 335MiB/s] [ <=> ] real 1m41.715s user 1m38.481s sys 0m31.222s
# fizzbuzz_myitoa.c 33.3GiB 0:00:22 [1.48GiB/s] [ <=> ] real 0m22.478s user 0m14.279s sys 0m11.151s
# fizzbuzz_9_10.c 33.3GiB 0:00:08 [4.12GiB/s] [ <=> ] real 0m8.080s user 0m3.138s sys 0m12.550s
# fizzbuzz_vmsplice.c 33.3GiB 0:00:03 [10.6GiB/s] [ <=> ] real 0m3.159s user 0m2.828s sys 0m1.654s
基本的にPentiumで有効な高速化手法はRyzenでも有効ですが、効き目という観点で見ると違いがあります。Ryzenの場合、自作アルゴリズムの要である9桁10桁の狙い撃ちがあまり効かないようです。
オフセット0xf6アルゴリズム(仮)も測定しましょう。昨日のコードから少し変更しているのでPentiumでも測りなおします。
# https://github.com/katsuster/fizzbuzz/blob/main/fizzbuzz2.c 33.3GiB 0:00:09 [3.40GiB/s] [ <=> ] real 0m9.789s user 0m7.660s sys 0m4.847s
# https://github.com/katsuster/fizzbuzz/blob/main/fizzbuzz2.c 33.3GiB 0:00:02 [15.3GiB/s] [ <=> ] real 0m2.184s user 0m1.827s sys 0m1.422s
自作アルゴリズムとオフセット0xf6アルゴリズム(仮)を比べると、Pentium J4205の場合はさほど差はありませんでしたが、Ryzen 7の場合は1.5倍程度と大きく差がついています。理由は良くわかりませんが、自作アルゴリズムの方にRyzen 7が苦手とする処理があるのでしょう。
FizzBuzzの種類 | Pentium J4205の実行時間 | 倍率 | Ryzen 7の実行時間 | 倍率 |
---|---|---|---|---|
単純 | 7m32.741s | - | 1m41.715s | - |
printf排除 | 1m20.416s | x5.6 | 22.478s | x4.5 |
9桁10桁狙い撃ち | 25.372s | x17.8 | 8.080s | x12.5 |
vmsplice | 10.543s | x42.9 | 3.159s | x32.1 |
オフセット0xf6 | 9.789s | x46.2 | 2.184s | x46.5 |
まとめるとこんな感じです。最初(2023年9月21日の日記)にレギュレーションのところで説明したように、1から2^32-2まで(約42億回)FizzBuzzしているのですが、たった2秒で終わってしまいます。Ryzen速いですね……。
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FizzBuzzの実装は簡単ですが、可能な限り高速に出力しようとするとなかなか面白い遊びになります。前回は自作のアルゴリズムを紹介したので、今回は他の方が開発した高速化手法を紹介したいと思います。名前がないようなので、オフセット0xf6アルゴリズム(仮)と呼ぶことにします。
前回の最速(9桁10桁狙い撃ち+vmsplice)も含めて、ソースコードはGitHubに置いています(GitHubへのリンク)。
FizzBuzzの高速化の難しい点は、数値のインクリメント(=1ずつ増やす)と数字を文字列に変換する処理の両立です。単純な方法としては、現在の数値を整数で保持する方法、文字列で保持する方法が考えられます。
どちらも一長一短で困りました。
このトレードオフを見事に解決しているのがオフセット0xf6アルゴリズム(仮)です。最初に要点を列挙しますと、
桁は1つ目に書いた通り、10進数1桁を1バイトで表現します。情報量としては過剰に見えますが文字列変換との両立のためです。
数の表現ですが0 = 0xf6, 1 = 0xf7, 2 = 0xf8, ... 9 = 0xffとします。10進数の123397ならば0xf6f6f7f8_f9f9fffdとなります。
桁上がりするまで数値インクリメントは+1の整数演算で実現できます。
ここまではオフセットが変なだけの普通の整数です。
このアルゴリズムは桁の繰り上がり処理がエレガントで、+1の整数演算で適切な桁までの繰り上げが発生します。つまり加算命令1発で良く、ループ処理は必要ありません。先の例では下位の3桁が399から400になります。
面倒な処理は不要で、+1の整数加算だけで、1の桁より上位の桁(この例だと10の桁も)が全て正しく繰り上がります。このアルゴリズムのナイスポイントその1です。
繰り上がった桁は値0x00になるので手当が必要です。先の例だと12399: 0xf6f6f7f8_f9f9ffffに+1すると、124xx: 0xf6f6f7f8_f9fa0000になって、下位の2桁(10の桁、1の桁)が無意味な値になっています。次の演算を行うには0x00の部分を10進数の0を意味する0xf6に戻す必要があります。
戻し方はまずCTZ (Count Trailing Zeros)で下位の連続している0のビット数を取得します。先の例ですと、下位24ビットが0xfa0000 = 0b1111_1010_0000_0000_0000_0000ですので、17ビットです。Nとします。
CTZビット数Nを8の倍数に切り下げ(= 16ビット)て、mask = (1 << N) - 1とし、下位16ビットに1がセットされた(= 0x00000000_0000ffff)マスクを作成します。その後(元の数値) |= 0xf6f6f6f6_f6f6f6f6 & maskを計算して、下位16ビットに0xf6をセットします。
これで桁の繰り上げ処理は完了です。ループ処理は一切不要。アルゴリズムのナイスポイントその2です。
CTZにループが必要では?と思われるかもしれませんが、世の中には素敵なアルゴリズムがあってループなしで計算可能です。また現代のCPUはCTZ専用命令を持っていることが多く、基本命令の組み合わせより高速に処理できることが多いです。
桁の繰り上がり処理の素晴らしさが伝わったところで、文字列への変換を紹介します。といっても極めて単純で高速です。0xc6c6c6c6_c6c6c6c6を減算するだけです。
一見すると意味不明ですが、ASCIIコードを考えるとわかると思います。0を表すバイト表現は0xf6でした。0xc6を引くと0xf6 - 0xc6 = 0x30になります。'0'はASCIIコードで0x30です。それだけで文字の'0'に変換できてしまいます。0以外の数値はどうなるかというと、
となります。他の位置のバイトも同様で、減算1回で8桁を8文字に変換できます。このアルゴリズムのナイスポイントその3です。
アルゴリズムとは関係ないですが、文字列をメモリに書くときはエンディアンに注意です。x86系CPUはリトルエンディアンなので、文字列に変換した64bit変数(0x30303132_33343938)をそのままメモリに書くと順序が逆転し、メモリには0x38 0x39 0x34 0x33 0x32 0x31 0x00 0x00、つまり"89432100"になります。
本当は"00123498"と書いてほしいので、メモリに書く前にビッグエンディアンに変換すれば良いです。この処理はバイトスワップと呼ばれたりします。これもループ不要の処理で、現代のCPUだと専用命令を持っている場合もあります。
以上がオフセット0xf6アルゴリズム(仮)のナイスポイントの紹介でした。いやあ、良く考え付いたなこれ。感心しました。
遅くなる要素は見当たりませんが、最後に測定しましょう。
# https://github.com/katsuster/fizzbuzz/blob/main/fizzbuzz2.c 33.3GiB 0:00:09 [3.39GiB/s] [ <=> ] real 0m9.824s user 0m7.447s sys 0m5.064s
約45倍まで速くなりました。素晴らしいです。
参考までに、前回私が作成した9桁10桁狙い撃ちの力業アルゴリズム(約42倍)はこのくらい。
# https://github.com/katsuster/fizzbuzz/blob/main/fizzbuzz.c 33.3GiB 0:00:10 [3.16GiB/s] [ <=> ] real 0m10.543s user 0m8.921s sys 0m4.067s
ボロ負けというほど差は付いていませんが、コードのエレガントさは大いに差がありましたね。当たり前ですが、リングバッファやvmsplice()のような共通して使える工夫は双方で使いました。ですから純粋にFizzBuzz最適化アルゴリズムの差と言えましょう。
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FizzBuzzをご存じでしょうか?元々は英語圏の遊びで、1を最初にして、順に1ずつ足した数を宣言します。ただし3の倍数でFizz、5の倍数でBuzz、15の倍数でFizzBuzzと言わなければなりません。ルールはこれだけで単純です。試しに16まで書いてみるとこんな感じ。
1 2 Fizz 4 Buzz Fizz 7 8 Fizz Buzz 11 Fizz 13 14 FizzBuzz 16
FizzBuzzの実装は簡単ですが、可能な限り高速に出力しようとするとなかなか面白い遊びになります。自作、他作を含めて高速化の例を紹介したいと思います。
FizzBuzzの実行範囲は1から2^32-2とします。すなわち1 ... 0xfffffffeです。出力される文字列は合計で33.3GBになります。
測定方法は簡単です。pvにパイプで繋いで出力の速度を表示します。速度が一定とは限らないので、並行してtimeで実行時間を測定します。出力が間違っていないかどうかテストするプログラムも必要ですが、本筋とは関係ないので省略します。
$ gcc -O3 something.c -o ./fizzbuzz && time taskset 0x1 ./fizzbuzz | taskset 0x4 pv > /dev/null
測定環境は、
いわゆる省電力PCで、そんなに速いPCではありません。
速度の絶対値とともに、一番単純な実装と高速化後で速度が何倍になったかを見ます。高速化のありがたみがわかりやすいでしょ?
// fizzbuzz_simple.c
#include <stdio.h>
#include <stdlib.h>
int main(int argc, char *argv[])
{
for (unsigned int i = 1; i < 0xffffffff; i++) {
if (i % 3 == 0 && i % 5 == 0) {
printf("FizzBuzz\n");
} else if (i % 3 == 0) {
printf("Fizz\n");
} else if (i % 5 == 0) {
printf("Buzz\n");
} else {
printf("%u\n", i);
}
}
return 0;
}
何も難しくないです。測定しましょう。
# fizzbuzz_simple.c 33.3GiB 0:07:32 [75.4MiB/s] [ <=> ] real 7m32.741s user 7m25.558s sys 0m51.090s
以降、この速度を基準値とします。
プロファイリング(perf topなど)を見ると、printf()関連の処理に時間が掛かるようです。おそらく、
などが考えられます。対策として、
以上を実装して測定します。整数から文字列への変換は、10000の剰余、10000で除算、を繰り返して4桁ずつ変換します。4桁の数字の変換は起動時に0000から9999までの1000要素のテーブルを作成しておいて、変換時はテーブルからコピーすることで高速化します。
# fizzbuzz_myitoa.c 33.3GiB 0:01:20 [ 424MiB/s] [ <=> ] real 1m20.416s user 1m1.746s sys 0m21.756s
約6倍まで高速化しましたが、まだまだですね。
プロファイルを見ると整数から文字列への変換をする部分が遅いです。FizzBuzz実行範囲の1〜2^32-2にて最も多く出現し、かつ処理が遅い桁数は10桁、次いで9桁の数字です。遅い部分に集中して高速化します。
作っていて気づかれた方もいましょうが、FizzBuzzは15回で同じパターンがループします。つまり数字の桁数が同じであればFizzやBuzzが出てくるバイト位置も毎回同じのため、あらかじめ書いておくことができます。
最初に30回分のFizz, Buzz, FizzBuzzをあらかじめ書いておいた文字列をバッファにコピーします。数字が入る場所はドットで埋めてあります(後で書き換えるのでスペースでも何でも良い)。こんな感じです。
const char tmp10[] =
"FizzBuzz\n..........\n..........\n"
"Fizz\n..........\nBuzz\n"
"Fizz\n..........\n..........\n"
"Fizz\nBuzz\n..........\n"
"Fizz\n..........\n..........\n"
"FizzBuzz\n..........\n..........\n"
"Fizz\n..........\nBuzz\n"
"Fizz\n..........\n..........\n"
"Fizz\nBuzz\n..........\n"
"Fizz\n..........\n..........\n";
その後、数字を入れるべき個所を上書きします。例として4つ上書きした状態を示します。
"FizzBuzz\n1000000021\n1000000022\n"
"Fizz\n1000000024\nBuzz\n"
"Fizz\n1000000027\n..........\n"
"Fizz\nBuzz\n..........\n"
"Fizz\n..........\n..........\n"
"FizzBuzz\n..........\n..........\n"
"Fizz\n..........\nBuzz\n"
"Fizz\n..........\n..........\n"
"Fizz\nBuzz\n..........\n"
"Fizz\n..........\n..........\n";
なぜ15回分ではなく30回分かというと、10回分x 3に分解することができるからです。10回分をまとめるメリットとしては、10の桁より上の桁が全て同じ文字なので一度に書き換えられ、高速化が期待できることです。
コードは長いですが大して難しくないので、興味があればご覧ください。では速度を測ります。
# fizzbuzz_9_10.c 33.3GiB 0:00:25 [1.31GiB/s] [ <=> ] real 0m25.372s user 0m10.515s sys 0m29.643s
約17倍まで高速化しました。いい感じです。
次はFizzBuzzの出口つまりpvコマンドへのパイプに着目します。今はwrite()を使っている状態で、write()でパイプに書き込むとカーネル内でパイプのメモリ領域へのデータコピーが発生して遅くなっています。
そう言われてもどうすれば?と思いますが、Linuxにはカーネル内のメモリコピー処理を省くためのシステムコールvmsplice()が存在します。
ssize_t vwrite(int fd, void *buf, size_t count)
{
struct iovec iov;
ssize_t n;
iov.iov_base = buf;
iov.iov_len = count;
while (iov.iov_len > 0) {
n = vmsplice(1, &iov, 1, 0);
iov.iov_base += n;
iov.iov_len -= n;
}
return count;
}
このようにvmsplice()を呼ぶvwrite関数を作成し、今までwrite()を呼んでいた個所を全てvwrite関数に置き換えます。
カーネル内の実装を調べていないため詳細な理由はわかりませんが、vmsplice()は動きにちょっと癖があってfcntl(F_SETPIPE_SZ)でパイプのサイズをある程度(64KB〜くらい?)大きくしないと、パイプの読み出し側でデータが壊れることがあります。
説明はこれくらいで測定しましょう。
# fizzbuzz_vmsplice.c 33.3GiB 0:00:10 [3.16GiB/s] [ <=> ] real 0m10.543s user 0m8.921s sys 0m4.067s
約42倍まで速くなりました。vmsplice()恐るべし。当初7分も掛かっていた2^32のFizzBuzzが、今やたったの10秒で終わるようになりました。
ソースコードはこちらからどうぞ。
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